Asacoの取扱い説明書

Asacoの取扱い説明書

今週はなぜだか気分が塞ぎこんでいるAsacoです。

はっきりとした理由が分からないときは困りもんですねぇ。。。

気の合う友だちと会って冗談を言い合っても

「またか、そうやっていつもわたしのことからかって」とか

「そういう言い方なくない?」とか

「はいはい。いつもあなたが正しいのね」とか。

普段なら笑って会話につなげられるところを、今週は上記のように捉えがちである。

独りでいると心穏やかでいられるのに。誰かと会うとトゲトゲした自分がでてくる。

こんな時はできるだけ独りでいるようにしている。無駄に友だちを攻撃したくない。

そういえば、今週の占いにも「売られたケンカは買わない、でも負けない」と書いてあったっな。笑

こんな時、みんなはどうやって自分を落ちつけてるのかな?

ところで、同じような会話でも自分の気分次第で捉え方が違うということは、ここ数年でやっと気づいたことだ。

20代のような若かりし頃は、自分が常に正しいと勘違いしていたので自分を守るために負の感情が襲ってきた時には、いつも周囲のせいや自分が置かれている環境のせいにしていた。

しかしここ10年弱、とりわけイタリアに来てから意識的に自分と向き合う訓練をしてきた。

そして今も続けている。

全ては自分の受け止めかた次第で世界の見え方が変わる。

なぜ悲しく感じたのか。

なぜ怒りを感じたのか。

なぜ辛いと感じたのか。

なぜ寂しさを感じたのか。

相手がわたしに何を言ったのかは問題ではない。

なぜ自分がそう感じたのか。そこを掘り下げていくと本当は蓋をしておきたい見たくない自分の醜い思考に向き合うことになる。

嫉妬、偏見、思い込み。。。などなど。

静かに独りで自分のことだけを考える。起きた出来事でもなく、相手のことでもなく、ひたすら自分のことを考える。なぜ、そのような感情が湧いてきたのか。

全てを一言で言うなら「自信のなさ」に尽きるのでは?と最近は思っている。

そんな醜い自分を感じたくない、または気づきたくないから、わたしは人のせいにしたり置かれた環境のせいにしているのでは?

負の感情が相手に向かっている時は、自分を正当化するための言い訳が多い。

よくある話の「あの人に裏切られた」というのは相手が裏切ったのではなく、この人を信じると決めたわたし自身に自信がないから生じたのではないのか。

あーかなり重い話になってきたので、話を戻そう。今のわたし、そこまで気分は重くないのであーる。

数年かけて自分の取扱い説明書を作っている。活字にしたものは存在しないが、わたしの心が知っている。どんな時にどんな対応をしてあげるのか。

今では自分の慰め方を見つけたので、今週のような状態でも落ち込んだりはしていない。

家で本を読んだり映画を観たりワンピースに感動したり、好きな香りに囲まれたり、キャンドルの炎をじーっとみたり(こわっ!わたし!笑)

寝られない夜があっても必ず朝が来る。(今週はよく眠れているけどね!)

朝が来たら既にきのうとは違う1日が始まっているのだ。

みんなに愛を!の前に、自分に愛を。それからみんなに愛を!

一輪のバラを真上から撮影したアップ写真。花びらの淵がピンクでうっすら白へグラデーション。画面いっぱいがバラの写真だが、後ろにはピンとのずれたカスミソウがぼやけて写っている。

今週末はイタリアは復活祭(パスクワ)で3連休。楽しい予定も目白押し!

週明けにはちょうど4月も始まるし、新年度だし、わたしの愛の充電も満タンになっているだろうから、来週からみんなに愛をふりまく予定です。笑

最後まで読んでくれてありがとうございます。

Asaco

イタリアが好き。

2012年から
約8年間イタリア滞在、
現在は日本。

日本人へイタリア語の
イタリア人へ日本語の
オンラインレッスン受付中。

Webデザイン&製作。

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